【鍼灸院経営】金銭面と精神面

経営

石丸昌志

志鍼塾、塾長の石丸です。

以前、「1人治療院から現在に至るまで、金銭的な問題と精神的な問題をどうやって乗り越えてきたのでしょうか」という質問をいただきました。今後、皆さんが鍼灸院を経営するにあたりいくばくか参考になるものがあるかと思い、私の経歴をお話しします。

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鍼灸との出会いはオーストラリアで

私はもともと、鍼灸とは縁のない中で育ちました。大学に入学後、休学無償制度を利用して在学中に3年間休学し、土木作業員や線路工事のアルバイトをしながら貯めた資金で海外へと旅立ちました。イラン人が経営するレストランでの皿洗いをして、あまりにもひどい扱いに耐えられず、1ヵ月ほどで辞めてしまったという苦い思い出もあります。

日本に帰国してから再度資金を貯め、再度海外へ。向かったオーストラリアで鍼灸との運命の出会いがありました。オーストラリアで知り合った人の父親が鍼灸師として働いており、鍼灸に大きな関心を抱いたのです。

帰国後に大学を26歳で卒業し、その先生が東京にいるとの話を聞いて、先輩から借り受けた20万円を資金に大阪からヒッチハイクで東京とへ向かったのが、私のスタートです。

私のスタートは、マイナス20万円。さらに、東京には親も親戚も、友人、知人もいませんでした。でもだからこそ、私は頑張ってこれたのだと思っています。これが、頼りどころのある大阪なら、ここまで頑張れなかったでしょう。

依存心や甘えを捨てる覚悟

依存心や甘えが残したままでは、なかなかうまくいかない部分もあります。

たとえば、留年する人の大半は学費をほぼ全て親に出してもらっているのではないでしょうか。自分で稼いだお金を学費として納めている人は、留年できないはず。親が出してくれているという甘えが、留年につながっているのだと思います。それは、鍼灸院を経営する際にも言えること。依存心や甘えがあると、経営もうまくいきません。

勉強するうえでも経営するうえでも、ハングリー精神はとても重要です。ハングリー精神をもつと同時に、日々の頑張りを積み重ねていくのが、成功する鍵です。よく「心技体」といいますが、何にしても心がもっとも重要で、そこに技術と体力とが続きます。

私の場合は、甘えられる環境がまったくなかったため、精神面を鍛えるしかなかった。ひとつの目標を掲げたら、それを達成するまで頑張り、達成したと同時に次の目標を掲げる。この繰り返しで、上に前に進んできたわけです。

鍼灸の施術効果への確信

私には、「鍼灸の施術効果への確信」がありました。それにもかかわらず、西洋医学と比べると東洋医学はマイナー。そうした位置づけへの反発を、私はパワーに変えてきました。

当初施術をしていたのは、マンションの一室です。そこは、決して鍼灸の表舞台といえる場所ではありませんでした。鍼灸をもっと表舞台に引き上げたいという一心で頑張った結果が、これだけの人数を抱える鍼灸院になったのです。

マイナススタートを苦にしない精神力

私は金銭面でもマイナスからスタートしています。東京に出てきた当初は夕方まで働き、夜間の学校に3年間通学しました。余分なお金はまったくなく、散髪代すらことかくありさま。自分で丸刈りにして、月曜日から金曜日までずっとカレーで過ごす毎日でした。

学生の時分だけではありません。26歳からの10年間は、本当に貧乏でした。冬場の寒さを灯油ストーブでしのぎたくても、灯油を買いに行く車もなければ自転車もない。灯油用の赤い容器を持って徒歩でガソリンスタンドへと行き、灯油を入れてまた抱えて歩きました。今どきはあんなに大きいものを抱えて道路を歩いている人をあまり見ませんが、実際にお金がない中で必要なことでしたから、苦にもなりませんでした。

また、東京での最初の部屋には、3ヵ月ほどの間、家具がありませんでした。テレビを変えるお金がやっと貯まり、最寄り駅の近くで買おうとしたものの、各駅停車の人気のない駅付近には電気屋さんがない。仕方なく、そこから2駅ある急行停車駅近くの電気屋さんへと買いに行って、テレビを抱えて帰りました。

その電気屋さんでいちばん小さなテレビだったとはいえ、電車の中では目立ちます。今同じことはできませんが、その当時は苦にもしていませんでした。

症状を改善できなければ自分のお給料で全額返すと直談判

学校を卒業後は、完全歩合制の鍼灸治療を見据えて、マッサージ屋で働き始めました。そこでのお給料は、最初の1ヵ月が8万円。2ヵ月目で12万円でした。さらに、鍼灸師の免許もない人がマッサージしていて、下っ端の私は片付けだけ。仕事を始めたばかりで指名もなく、私もマッサージには興味がない。そんな中で「鍼をやってくれ」というお客さまは1年間で2人ほどしかおられなかったのです。

何度もやめようかと思いましたが、お客さまの中には、さまざまな症状で悩んでおられる方もいる。そんな方に、「症状を改善できなかったら施術代を私が全額返すので、鍼灸の施術をさせてください」と頼み込みました。すると徐々に指名が集まり、お給料も上がっていったのです。

3ヵ月目には22万円に、4ヵ月目には45万円に、5ヵ月目には55万円になりました。その後しばらくして、系列の7店舗で指名1位になり、お給料も60万円にまで上がりました。マッサージ屋でありながら鍼灸でこれだけの予約をとる人は初めてだと、当時評されていました。

これだけ劇的な変化が生まれたのは、ハングリー精神と鍼灸の施術に対する信頼・確信のおかげだと思っています。マッサージ屋は、ある程度の症状がある方が一時的な症状の緩和を求めて訪れる場所。そうしたお客さま方を相手にそれなりの成果を出したことで、自分の考え方や施術方法への自信が生まれました。

鍼灸院で重要なのは人

その後、柔道整復師の免許をとり、600万円の借金をして開業しました。鍼灸師としてスタートしたマンションの一室からずいぶん大きくなった20坪くらいの部屋です。その後さらに町田に移転し、1フロアを使って開業。今は2フロアに広げ、国分寺と多摩プラザにも開業しています。

私は、施術内容やノウハウに関しては大きな自信を持っており、鍼灸院の経営をするだけなら100店舗でも可能だと考えています。しかし、鍼灸院で大切なのは、人です。自分1人で多くの店舗を回すのは難しいため、この志鍼塾を立ち上げました。

ここで志のある方に学んでいただき、治療院の経営についての知識がしっかり身についた人材が育てば、北は北海道から南は沖縄まで遠方からの問い合わせに自信をもって紹介できるようになります。ここに行けばこういう先生がいて、症状も改善しますよとお伝えできることが、鍼灸に対する考え方と鍼灸師の皆さんのありよう、鍼灸学校での指導法などを変えるきっかけとなればいい――そんな思いで、私のこれまでの歩みを述べさせていただきました。

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